神戸地方裁判所 昭和50年(行ウ)10号 判決 1979年5月29日
尼崎市元浜町五丁目八七番地
亡中野藤一訴訟承継人
原告
中野さ久代
尼崎市元浜町一丁目六二番地
右同
原告
中野武三
尼崎市道意町六丁目三一番地
右同
原告
中野典子
大阪市鶴見区緑一丁目一三ノ二
右同
原告
中野末治
原告ら訴訟代理人弁護士
川上忠徳
同
川上博子
尼崎市西難波町一丁目八ノ一
被告
尼崎税務署長
森崎勝雄
右指定代理人
坂本由喜子
同
小林修爾
同
野口成一
同
木村好治
同
加幡修
主文
原告らの本件訴えのうち、原告中野さ久代についてはその一五分の五、同中野武三、同中野典子、同中野末治については各一五分の二を越える部分の訴えを却下する。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告が昭和四八年一一月一五日原告ら先代亡中野藤一の昭和四七年分所得税についてなした更正及び過少申告加算税賦課決定の各処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告ら先代亡中野藤一の昭和四七年分の所得税について、亡藤一のした確定申告、これに対する被告の更正及び過少申告加算税の賦課決定(以下、これらを合わせて本件処分という)、異議決定並びに国税不服審判所長の審査裁決の経緯は別表1記載のとおりである。
2 しかし、被告がした本件更正(審査裁決により維持された部分、以下同じ)のうち、確定申告に係る所得金額を超える部分は、亡藤一の所得を過大に認定したものであるから違法であり、又、本件更正を前提としてなされた本件賦課決定(審査裁決により維持された部分、以下同じ)も違法である。
3 本件処分は、又、次の理由によっても違法である。
(一) 本件処分(原処分)は、尼崎市元浜町一丁目六二番地の二宅地一一五・〇二平方メートル及び建物一〇三・四五平方メートル(以下A物件という)並びに兵庫区中道通一丁目二二番地の八及び同所二二番地の一一宅地合計一二一・六七平方メートル(但し仮換地後九四・三四平方メートル)(以下B物件という)の分離長期譲渡所得に関して、低額譲渡によるみなす課税(昭和四八年八号改正前の所得税法五九条一項二号、同施行令一六九条)を適用してなされたものであるが、その更正通知書は右両物件についての合計金額のみの更正通知であり、その理由も
「あなたの四八年三月一四日提出の確定申告書に分離長期譲渡所得が過少申告ですので別表のとおり更正します。なお老年者控除は所得の合計額が五〇〇万円以下の人でないと認められません」
と記載されており、右記載内容からしても明らかに本件処分は単一処分としてなされたものである。而して、被告は異議決定において、A物件についてみなす譲渡課税を適用したのは誤りであるとして、その部分に関して原処分(本件処分)の一部を取消をした。しかし、本件処分は単一処分であるから、このような手続上明白にして重大な瑕疵が存する以上、本件処分全体が違法なものであり、単にA物件に関する該当部分の取消のみではその瑕疵が治癒され本件処分が適法となるものではない。
(二) 又、前記異議決定においては、原処分のB物件に関する部分、即ちB物件を一五四一万四〇四八円と時価査定してみなす譲渡課税をした部分は維持されたが、その理由としては、右時価は「調査したところによると、附近売買実例、公示価額及び精通者意見価額等総合勘案の結果」計算したということだけであり、いかなる評価基準に基づきいかなる実例を比較したのか、又、精通者意見とは誰のどのような意見であるのか等具体的な理由は全く附記されていない。このように、異議決定の段階において何ら具体的には課税根拠を明白にしないことは、原告らの攻撃、防禦の方法を封じた違法なものである。
(三) 国税通則法九八条二項違反(不利益変更)原処分及び審査裁決において、B物件の価格を査定するについて、共に取引事例比較法を採用し、単位地積単価を算出してこれに地積を乗じて物件の価格を算定し、課税根拠としているが、右方法によれば原処分の評価額一平方メートル当り一二万三四七一円、審査裁決では一二万七〇〇〇円となり、これは明らかに、審査庁の評価は原処分の評価に比し高額となり不利益変更の違法な裁決である。もっとも、審査裁決では最終税額は減額されているが、これは他の理由、即ち原処分の地積算定の誤りを正したことにより税額を減額せざるを得なくなったものであり、正しい地積をもとに原処分と審査庁の評価を比較すれば、不利益変更の違法な裁決である。
4 亡藤一は本訴提起後の昭和五〇年一二月二〇日死亡し、原告らはその相続人として亡藤一の権利義務を承継したものであり、よって本件更正及び賦課決定処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2は争う。
3 同3の(一)のうち、異議決定において、A、B両物件についてみなす譲渡課税を適用した原処分のうちA物件については誤りであるとして、原処分の一部が取消されたことは認めるが、その余は争う。
同3の(二)、(三)は争う。
三 被告の主張
1 亡藤一の昭和四七年分の所得金額は一二二九万四五六一円であり、本件処分に違法はない。
(一) 総所得金額 二三五万三五四〇円
その内訳は左の通りである。
配当所得 三五万円
不動産所得 二七万五〇四〇円
給与所得 一七二万八五〇〇円
(二) 分離長期譲渡所得 九九四万一〇二一円
A物件の譲渡損二二万八四二三円とB物件の譲渡益一一一六万九四四四円を通算した一〇九四万一〇二一円から租税特別措置法三一条二項による特別控除額一〇〇万円を控除した。
2 B物件の譲渡益の算出について
(一) 譲渡価額 一一九四万三四四四円
(1) 亡藤一は、B物件を昭和四七年七月三一日に有限会社中野酒店へ譲渡価額二二五万円で売却(以下本件取引という)したとして確定申告したが、被告において、右物件の譲渡時の価額を算定したところ(2)に述べるとおり、その価額は一一九四万三四四四円となった。そこで被告は、亡藤一の申告額二二五万円は時価の二分の一に満たないものとして所得税法五九条一項二号(昭和四八年八号改正前、以下旧所得税法という)、同施行令一六九条の規定(低額譲渡によるみなす課税)を適用し、その譲渡価格を一一九四万三四四四円としたものである。
(2) B物件の譲渡時の客観的な価額を算定するには、取引事例比較法によることが合理的である。そこで評価対象不動産と比較するのにふさわしい取引事例として、兵庫税務署管内における昭和四六、四七年分譲渡所得申告事案のうちから、(1)評価対象不動産の附近にあるもの、(2)その取引事例が正常なものと認められるもの、(3)品等地積、形状、道路との関係等その土地の状況が評価対象不動産の状況と類似しているもの、(4)その売買事例が自用地として売買されたもの以上の要件全部を満たす五件の事例(別表2の1の<1>ないし<5>の各事例)を選択したうえ、これらの事例とB物件の取引時期との時点修正率を不動産研究所の「地域別六大都市市街地価格推移指数表」の商業地の指数により算定すると別表2の2のとおりであり、又、これらの事例とB物件の所在地との場所的価格差修正率を昭和四七年度固定資産税評価額により算定すると別表2の3のとおりである。そして、これらの事例の一平方メートル当り価額に時点修正と場所的修正とを加えると別表2の1のとおり平均一平方メートル当り一二万六六〇〇円となる。そこで、B物件の譲渡時における価額は、右一二万六六〇〇円に仮換地後の地積九四・三四平方メートルを乗じた一一九四万三四四四円と評価したものである。
(二) 取得費 七七万四〇〇〇円
(三) そうすると、B物件の譲渡益は、譲渡価額から取得費を差引いた一一一六万九四四四円となる。
3 その他の原告ら主張の違法事由について
(一) 異議決定において原処分の一部が取消されていることは原告ら主張の通りであるが、原処分に所得を過大に認定した誤りがあっても、その誤りに相当する部分のみが違法となるにとどまり、適法に所得を認定した部分まで含めて原処分全体が違法となると解する余地はない。
(二) 異議決定書附記理由の瑕疵は、異議決定の取消事由にはなりえても、本件処分の取消事由にはなしえないものであるから、原告らの主張はそれ自体失当である。
(三) 審査庁の裁決は、審査請求の目的となった処分に比べ不利益であってはならないことはもちろんであるが、右利益不利益の有無は、国税の課税標準等または税額に関する処分に対する審査請求については、最終税額が増加したか否かによって判断されるものである。本件については、審査庁は税額の一部取消の裁決をしており、原告の主張は失当である。
四 被告の主張に対する原告らの認否
1 被告の主張1の(一)は認める。
同1の(二)のうちA物件に関する部分は認めるが、B物件に関する部分は争う。
2 同2のうち、本件取引及び本件取引につき被告主張通りの更正がなされたことは認めるが、その余は争う。
3 同3は争う。
五 原告らの反論
被告がB物件の価額を一一九四万三四四四円と評価したのはB物件の実情を無視して過大に評価した違法なものである。
1 被告はB物件の時価算定のために、近傍類地の売買事例として五例を基礎としているが、それらの事例は被告が恣意的に自己に都合のよいものを採用している。即ち、B物件を中心として被告が売買実例を採用した地点まで拡大すると、原告ら側の調査によれば昭和四六、四七年の実例は一二六例にのぼり、更にB物件の取引時点を中心とすれば八一例あり、その合計は二〇七例になる。この二〇七例中被告はわずかに五例を採用したにすぎない。しかもその範囲は広きに失し、その中には繁華街である新開地本通りをはさんでおり、表通り裏通りの格差の大きい地域であり、又、荒田町一、二丁目はここ数年来急速に発展してきた地区であり取引時点基準にしても修正率を画一的な指数表によることは不適当な例である。なお、B物件の所在する近隣地でかつ状況の酷似している中道通一、二丁目、水木通一、二丁目のみについてみても同一時期に三六例を数えることができるが、この地区からは一例も採用されていない。以上から明らかなように被告が採用した売買事例は全く恣意的なものである。
又、被告の採用した前記五例のうち、原処分と審査裁決とに共通の二例につき、それぞれが用いた算定方法により時点修正と場所的価格差修正を加えて右二例の平均値を算出すると、原処分では一平方メートル当り一二万三四七一円、裁決では一三万六八〇〇円となる。これは、時点修正における修正値として、被告は日本不動産研究所の「地域別全国市街地価格推移指数表」を採用したのに対し、審査庁は同研究所の「地域別六大都市市街地価格推移指数表」を採用した結果である。ところで、みなす譲渡課税に関し、その算定方法について何らかの国税庁長官の通達があるものと思われるが、そうだとすると、このように原処分庁たる被告と審査庁との算定方法に違いがある場合、国税通則法九九条により審査庁としては国税庁長官の指示を受けなければならず、これに対し長官は国税審査会の議を経た指示をしなければならないが、本件に関しそのような審査会が開かれたことはないから、右審査庁の裁決は国税通則法九九条に違反するものである。
2 通常、土地の売買取引においては、該土地上に存する借地権、営業権、居住権等のいわゆる上物件の存否を考慮し、それらの権利が存する場合には、更地の価格より相当額を控除した価格をもって取引されるのが実情である。B物件については、原告さ久代(亡藤一の妻)が亡藤一より右土地を賃借して建物を所有しており、原告さ久代は同建物を有限会社中野酒店に賃貸し、同社は同所において、酒類の販売を業としているのみならず、同社の代表取締役中野擴(亡藤一と原告さ久代の二男)がその家族と共に十数年にわたり居住しているものである。なお右賃貸借においては、貸主の原告さ久代と借主の中野酒店の代表取締役擴が親子関係にあり、又、同社の営業成積が必ずしもかんばしくなかったこともあって、家賃は未収であったが、右建物の固定資産税や火災保険料等については同社が負担していたものである。そして、右建物賃貸借はB物件そのものの賃貸借ではないが、B物件所有者たる亡藤一は、さ久代と中野酒店間の右賃貸借を認容していたのであるから、中野酒店としては建物賃借権をもって底地(B物件)所有者亡藤一に対し、土地利用権を主張できる立場にあったと言い得る。このようなB物件上の営業権居住権等の利用状況を考慮すれば、B物件の時価算定に際し更地価格より相当額を控除して評価すべきであるにも拘らず被告はこれらの事情を無視して更地として評価したものであり、全く不当である。
3 又、B物件については、協和銀行の中野酒店に対する極度額二〇〇万円の根抵当権設定登記、停止条件付賃借権仮登記及び所有権移転請求権仮登記が付されており、しかもB物件売買当時、右会社の経営状況は悪化してかなり多額の債務を負担していたのである。従って、B物件の時価を評価するについては、当然右担保物権が設定されていることを考慮し、負担相当額を控除すべきであるにも拘らず、被告は右のような実情を全く考慮していない。
六 原告らの反論に対する被告の認否
原告らの反論1ないし3はいずれも争う。
七 被告の再反論
B物件についての被告の評価は、原告が主張するような恣意的な方法で行なったものではなく、又、B物件の考慮すべき事情を無視して行なったものでもない。
1 B物件の価額を一一九四万三四四四円と算定した被告の評価が相当であることは、次の例からも認められる。
(一) 株式会社ナカノ(もと有限会社中野酒店)が訴外村上工務店から、昭和五一年一一月三〇日、B物件からほど近い兵庫区下沢通一丁目一九番の二下沢工区一〇街区三-二号宅地一七七・〇八平方メートル(仮換地地積)及び同地上建物(以下甲物件という)を四五〇〇万円(但し地上建物の価値は零として土地の価値のみを評価して売買価格決定)で譲り受けているが、これに基づきB物件の評価をしてみると、別表3のとおり時点修正及び場所的価格差修正を加えて算出すると、B物件の本件取引時の価額は、
19万8900円×94.34m2=1876万4226円
となる。
(二) 昭和四七年一二月、中野酒店が協和銀行元町支店と手形貸付契約を締結して、その担保としてB物件等に根当当権を設定した際、同銀行が昭和四八年三月一五日ころB物件を評価した価額一九四〇万円に時点修正を加えて、本件取引時のB物件の時価額を算定してみると、
<省略>
となる。
いずれも被告の評価額を下ることはなく、この点からみても被告のなしたB物件についての価額算定は相当というべきである。
2 B物件の地上建物の所有者は原告さ久代であるが、B物件及び地上建物の取得資金は亡藤一によって調達されたものであり、又、亡藤一と原告さ久代は住居及び生計を一にしていたこと、亡藤一はB物件の地代について所得税の申告をしていないことなどからすれば、両者間には使用貸借関係が存在していたにすぎず、原告さ久代の敷地利用権については、借地法の適用はなくその価額は零である。又、B物件の地上建物の借受人である中野酒店は、亡藤一又は原告さ久代に賃料を払っておらず、借家法の適用の余地はなく、のみならず、このように使用貸借により借受けた土地の上に建物を所有し、その建物を第三者に貸付けている場合におけるその建物借受人の敷地利用権は、建物所有者の敷地利用権から独立したものではありえず、建物所有者の敷地利用権に従属しその範囲内において行使されるにすぎないものであるから、いずれにしても、B物件の評価について別個に考慮すべき事由とはなりえない。
従って、B物件につき賃借権等が存在しない自用地として価額の評価をした本件処分に違法はない。
3 抵当権の設定は、その不動産の交換価値を担保の用に供するにすぎないから、交換価値そのものを減少したり失わせたりするものではない。ただ、将来債務不履行があった場合に、抵当権の実行による交換価値が実現されたうえ、その代金が債権の弁済に充てられるという関係が生ずるに止まる。仮に、抵当権を消滅させるため抵当債務を代位弁済したとしても、これに要した支出金は当該不動産の譲渡経費ではなく、債務者に対して求償できるものであり、譲渡所得の計算上控除されるべきものではない。
第三証拠
一 原告ら
1 甲一ないし五号証、六号証の一ないし三、七号証の一、二、八ないし一五号証、一六号証の一、二。
2 証人大崎克己、原告本人中野武三。
3 乙二五号証の成立は不知。その余の乙号各証の成立は認める。
二 被告
1 乙一号証、二ないし五号証の各一、二、六ないし一三号証、一四号証の一ないし三、一五ないし二五号証、二六号証の一ないし三、二七号証、二八号証の一ないし三、二九号証。
2 証人飯田嘉彦(第一、二回)、同中野擴。
3 甲一〇号証の末尾中野藤一署名捺印部分の成立は不知、その余の部分の成立は認める。一四号証の飯田とある印影及び官署作成部分の成立は認め、その余の部分の成立は不知。その余の甲号各証の成立は認める。
理由
一 請求原因1(本件処分の経緯)は当事者間に争いがない。又、同4(原告らの訴訟承継)は記録上明らかである。
二 本件処分の認定した亡藤一の所得金額の適否
原告らは、本件更正のうち、確定申告に係る金額を超える部分は、被告の過大認定であって違法であり、本件更正を前提としてなされた本件賦課決定も違法であると主張するので、以下この点につき判断する。
1 被告の主張1(亡藤一の昭和四七年分所得金額)のうち、総所得金額(二三五万三五四〇円)及び分離長期譲渡所得のA物件に関する部分(△二二万八四二三円)は当事者間に争いがない。
2 亡藤一がB物件を昭和四七年七月三一日有限会社中野酒店へ二二五万円で売却した本件取引(この点は当事者間に争いがない)についての分離長期譲渡所得に関し、被告は、B物件の右取引時の価額は一一九四万三四四四円であるから、低額譲渡によるみなす課税(旧所得税法五九条一項二号、同施行令一六九条)の適用があり、その取得費(七七万四〇〇〇円)を控除すると、B物件の譲渡益は一一一六万九四四四円となると主張する。
(一) 低額譲渡によるみなす課税における「譲渡の時における価額」とは、当該譲渡時の土地の客観的価格、即ち、正常な取引事情のもとに成立すると認められる客観的な適正価格をいうものと解される。そこで、B物件の本件取引時における価額について検討する。
(1) 成立に争いない乙六ないし一三号証、一四号証の一ないし三、一五ないし二三号証、証人飯田嘉彦(第一回)の証言によれば、被告は右価額算定に取引事例比較法を採用したこと、取引事例の抽出は、兵庫税務署管内の昭和四六、四七年分の譲渡所得申告事案のうちから、B物件の附近にあり、その取引が正常であり、地積、形状、道路事情等の土地の状況がB物件の状況と類似しており、かつ自用地であるものとして、別表2の1の<1>ないし<5>の各物件(以下<1>の物件などという)の五例を抽出したこと、右五例はB物件とともに、いずれも新開地近辺の商業地域に存在し、地域特性が類似していること、右五例につき、地域別六大都市市街地価格推移指数表の商業地の指数により時点修正を、固定資産評価額により場所的価格差修正をそれぞれ加えてB物件の価額を算定したことが認められる。
土地の客観的価格の算定は、一般に取引事例比較法によることが適切であり、右認定事実によれば、被告の取引事例の抽出基準には合理性があり、その抽出数も各取引事例の個別性を平均化するに足るものということができ、又、被告の時点修正、場所的価格差修正の方法も合理性があるというべきであり、従って、右五例を基礎にして、時点修正、場所的価格差修正を加えてB物件の価額を算定することは合理的というべきである。原告らは、右五例は被告が恣意的に自己に都合のよいものを抽出していると主張するが、前記認定事実に照らせば、右主張はあたらない。
(2) そこで、<1>ないし<5>の事例を基礎にしてB物件の価額を算定してみる。
前記乙一七ないし二二号証によれば、<1>ないし<5>の各物件の各取引時期について、地域別六大都市市街地価格推移指数表の商業地の指数により、本件取引時期との時点修正率を求めると、別表2の2記載(但し<2>の物件の譲渡時期は昭和四六年九月一四日、<5>の物件の譲渡時期は同四七年九月一九日である。)のとおりであることが認められる。
次に、前記乙一一ないし一三号証、一四号証の二、一五、一六号証、前記飯田証言(第一回)によれば、<1>ないし<5>の各物件の所在地について、昭和四七年度固定資産税評価額により、B物件の所在地との場所的価格差修正率を求めると、<1>ないし<3>の物件については別表2の3記載のとおりであり、<4>の物件については、
4万1900(円)÷3万5600(円)≒117.7
<5>の物件については、
4万1900(円)÷5万7500(円)≒72.9
であることが認められる。
そして、前記乙一七ないし二一号証により、<1>ないし<5>の物件の一平方メートル当りの取引価額を求めて、これに前記各時点修正率と場所的価格差修正率を乗じて一平方メートル当りの価額を算出し、これらの平均価額を求めると、別表4記載のとおり一平方メートル当り一二万七一〇〇円となることが認められる。従って、本件取引時のB物件の価額は、次のとおり一一九九万〇六一四円と算出される。
12万7100円×94.34(m2)=1199万0614円
なお原告らは、B物件の評価方法に関し、審査庁のした裁決には国税通則法九九条違反の違法があると主張するが、仮に右裁決に原告ら主張の違法が存するとしても、それをもって本件処分の取消事由とすることはできないから、右主張は採用できない。
(3) 原告らは、B物件上には原告さ久代所有の建物が存在し、原告さ久代は右建物を有限会社中野酒店に賃貸し、同酒店は同所で酒類の販売を業とし、かつ同酒店の代表取締役中野擴がその家族と共に十数年にわたり居住しているのであるから、B物件の価額算定につき、これらの賃借権等の価格を控除すべきであると主張する。
中野藤一署名捺印部分は証人大崎克己の証言により成立が認められ、その余の部分については成立に争いない甲一〇号証、成立に争いない甲一一、一二号証、乙一号証、二ないし五号証の各一、二、二四号証、証人中野擴の証言、原告本人中野武三本人尋問の結果を総合すると、亡藤一は昭和二八年よりB物件上の建物を賃借して、原告ら家族と同店し、酒類小売業の免許を受けてその営業を行ない、昭和三一年、三三年にB物件及びその地上建物を買い取ったこと、その際B物件については亡藤一名義で登記し、地上建物については妻さ久代の将来のことなどを考えて原告さ久代に与え、原告さ久代名義で登記したが、その際原告さ久代との間に右建物の敷地利用について賃貸借は結ばれなかったこと、亡藤一は昭和三四年に営業を法人化して有限会社中野酒店(代表取締役亡藤一)を設立し、酒類小売業の免許も同酒店名義で得、その際右建物の利用関係について、原告さ久代と同酒店との間で右建物についての家賃月額三〇〇〇円とする賃貸借契約書が作成されたが、右建物の利用関係に変化はなく、亡藤一と原告ら家族が居住し、中野酒店としての営業が行われていたこと、昭和三七年ころ亡藤一と原告さ久代は尼崎に転居し、右建物は亡藤一夫婦の二男擴とその家族が残って住むようになったが、中野酒店の営業は同所で続けられ、本件取引に至っていること、以上の経緯を通して、原告さ久代は右建物の敷地利用について亡藤一に地代を払ったことはなく、又、中野酒店は右建物の利用について原告さ久代にも、亡藤一にも家賃を払ったこともなく、ただ固定資産税等について同酒店が支払をなしていたこと、の各事実が認められる。
以上の認定事実に照らせば、前記建物の利用関係は、亡藤一、原告さ久代、擴らが、夫婦、親子として、居住し、中野酒店としての営業を行なう家族の生活の本拠として利用されていたものというべきであり、亡藤一夫婦が尼崎へ転居した後もその状況に変化はなく、従って、右建物の敷地利用権については、亡藤一と原告さ久代間には単なる使用貸借関係が存在していたにすぎず、又、右建物の使用関係についても、前記賃貸借契約書は、右建物での営業を法人化して亡藤一や原告さ久代と別人格としたための形式上のものにすぎず、その実際は、中野酒店と原告さ久代間、あるいは亡藤一間には賃貸借関係はなかったものというべきである。
そうすると、B物件上には、時価を算定するにつき、価格を控除されるべき賃借権等は存在しないのであるから、原告らの主張は理由がない。
(4) さらに原告らは、B物件には本件取引の譲受人である中野酒店を被担保債権の債務者とする根抵当権が設定されていたのであるから、その時価を算定するにつき、これらの相当額を控除すべきであると主張する。
しかし、根抵当権が設定されても、その不動産の交換価値が担保の用に供されるにすぎず、交換価値そのものは低下するものではなく、本件取引の譲受人たる中野酒店において、自らの債務を弁済して根抵当権を消滅させれば、同酒店は何ら負担のないB物件を取得したことになり、もし、右債務の弁済をしなければ、根抵当権が実行され、その競落代価をもって右債務が弁済され、残額があれば同酒店に交付されるのであるから、この場合でもB物件の交換価値のすべてを亨受しえたことになる。従って、B物件の時価算定にあたり、根抵当権負担相当額を控除すべき理由はなく、原告らの主張は失当である。
(5) そうすると、B物件の本件取引時における価額は一一九九万〇六一四円となり、本件取引価額二二五万円は右価額の二分の一に満たないものであるから、低額譲渡によるみなす課税の規定を適用すると、本件取引における譲渡価額は右一一九九万〇六一四円となる。
(二) B物件の取得費は、成立に争いない甲九号証によれば七七万四〇〇〇円と認められる。
従って、B物件の譲渡益は、次のとおり一一二一万六六一四円となる。
1199万0614円-77万4000円=1121万6614円
3 そうすると、亡藤一の分離長期譲渡所得は、A物件の譲渡損とB物件の譲渡益を通算し、長期譲渡所得の特別控除額(租税特別措置法三一条二項)を控除した九九八万八一九一円となり、
1121万6614円+(△22万8423円)-100万円=998万8191円
被告の本件更正における分離長期譲渡所得九九四万一〇二一円は、右認定の金額の範囲内であることが明らかであるから、被告の本件処分には、亡藤一の所得を過大に認定した違法はない。
三 その他の原告ら主張の違法事由について
1 原告らは、原処分はA、B両物件につき単一処分としてなされたものであるから、A物件に関する部分の処分の瑕疵は、原処分全体を違法たらしめるものであり、異議決定において、A物件に関する部分を取消しただけでは、原処分の違法性は治癒されたものでないと主張する。
しかし、A物件に関し、誤って低額譲渡によるみなす課税の規定を適用し、所得を過大に認定した瑕疵があっても、その誤りに相当する部分のみが違法となり、取消の対象になるにとどまり、他の適法に所得を認定した部分をも含めて、原処分全体を違法なものとして取消すべき根拠は何ら存しないというべきである。
2 原告らは、又、異議決定書の理由附記の不備を主張するが、その主張する瑕疵は、異議決定の取消事由にはなしえても、本件処分の取消事由にはなしえないものであるから、右主張は失当である。
3 さらに原告らは、本件の審査裁決の内容が国税通則法九八条二項の不利益変更に該当すると主張するが、その主張する瑕疵についても、審査裁決の取消事由にはなしえても、本件処分の取消事由にはなしえず、右主張も採用の限りではない。
四 結論
以上の次第で、本件処分には原告ら主張の違法はない。そして、原告らの本件訴えのうち、原告ら各自が亡藤一より承継した各相続分の割合、即ち原告さ久代は一五分の五、その余の原告は各一五分の二(この点は記録上明らかである。)を越える部分については、訴えの利益がない(弁論の全趣旨によれば、本件処分に基づく税額は亡藤一において納付済みであることが認められる)から却下を免れず、又、原告らのその余の請求は前記のとおり理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 林義一 裁判官 河田貢 裁判官 三輪佳久)
別表 1
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別表 2の1 売買実例に基づく昭和47年7月におけるB物件評価額(1m2当り)
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別表 2の2 時点修正率算定表
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別表 2の3 昭和47年度固定資産税評価額による場所的価格差修正率
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別表 3 時点修正率算定表
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昭和47年度固定資産税評価額による場所的価格差修正率
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売買実例に基づく昭和47年7月におけるB物件評価額(1m2当り)
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別表 4 売買実例に基づく昭和47年7月におけるB物件評価額(1m2当り)
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